自治体職員は、定期的に人事異動があります。
異動希望は出せますが、出したとしてもその希望通りになるかはわかりません。
また、なったとしても、数年後には他の部署に異動になってしまうというのが確実です。
そのため、入庁試験の際には、「福祉の仕事をしたい」、「産業振興をしたい」と言っても、確実に他の仕事をすることになります。
私自身も市民参画を促進するような仕事をしたいと書いた気がしますが、最初の仕事は学童クラブの職員でした。
辞令を市長からもらったときは、あまりのショックに返事ができませんでしたが、実際に仕事をしてみると非常に充実していたと思っています。
民間企業では、専門性が重視されていて、〇〇ができますということが転職に有利だったりします。
その点、自治体職員は一つ仕事が2~3年で全く畑違いのところにいってしまうので、専門性がつかないという悩みを持っている人が多いです。
実は、私はこのことは自治体職員が自分の価値の存在に気づけていないから出てくる悩みだと思っています。
というのも、自治体職員は2~3年で仕事が変わろうが、極めて高い専門性とスキルを持つからです。
自治体職員の専門性とスキルとして認識しておくべきこと5つ
自治体職員であると認識できませんが、自治体というのは極めて特殊な文化を持った組織です。
行政学などでも概念的なものは学んでいると思いますが、民間でビジネスをする際に認識しておくべきことを5つ挙げます。
これを把握しているだけでなく、どうすればこの課題をスムーズに進められるかを理解していれば、行政関係の仕事をしている企業では極めて重宝がられると思います。
1.計画通りに進むこと
ビジネスは一寸先は闇。行政は安定した税収があるので、決めたことはリサーチ不足でも進めることができます。
民間からすると、一度決まれば安定した収入源となりますが、一度決まってしまうとそれを変更するのはかなり厳しくなります。
民間としては、どこまで決まっていて、どこは変えられるのかをあらかじめ把握しておくこと、そのためにはどうする必要があるかを準備しておく必要があり、行政経験者はこれを想定することが容易です。
2.予算が単年度
自治体の事業は1年で終わります。
同じ事業を良く年も行うことは多いですが、その時に必ずしも同じ事業者に依頼をするとは限りません。
これは、公平性を担保することが必要だからでもあり、より良い事業をやりたいと思う職員の想いからでもあります。
予算編成の時期というのは夏以降で、このことが理解できていると、次年度のことについては予めどの時期に話しておくべきか、事業の可能性はどの程度かということが想定できると思います。
事業計画を立てる上では非常に重要な部分です。
3.議会を通す
公平性の担保という点では、職員だけでなく、議会との関係も考えなくてはいけません。
職員が予算を上げても、それを決めるのは議会です。
そのため、議会で否決をされるとどうやっても事業を実施することはできません。
それに対して職員は無力です。
議会というのは、市民の声を反映するところなので、市民の声が協力的だととてもやりやすくなります。
ここを理解して動けると事業の成功率が高まるはずです。
4.担当以外のことができない一方で、担当者の裁量が大きい
行政は縦割りです。
横断型の組織にしたいというのは誰もが言っていることですが、それをできている人がほとんどいないのが事実です。
もし、横断的に動ける職員にあたったら、その人のことを大切にしましょう。
最近では分野横断的に検討が必要な事業も多くなってはいますが、結局担当は一つの課になります。
企画部門は全庁的な取り組みを扱う部署にはなりますが、所管課を動かせる力があるかどうかは職員の力量に大きく左右されます。
一方で、担当部署自らの事業だとかなりの裁量権があるんですね。
他の課に口を出せない一方で、他の課からも口を出されないからです。
ここが把握できていれば、どこまでができることで、どこからが調整が必要なのかを想定できるため、事業の幅を決めやすくなります。
ちなみに、同じ自治体のことでも他の課の情報は普通の市民よりも知らこともあるので、必要な情報は予め他の部署に教えておくということも横断的な事業の推進には良いことです。
自治体職員は他の課と連絡を取ることが苦手な人がほとんどなので、現状では民間がサポートした方が成功率を上げられると思います。
5.規制を運用で変えられる
行政に行って必ず言われるのが、「できないことになっています。」です。
そうなんです。できないんです。普通は。というか、それが一番楽なんです。やらないことが。
しかし、行政の根拠は法令、条例、規則です。
そして、これらは基本的に大まかなことしか定めておらず、細かい部分は解釈というのが多分に含まれるんですね。
社会の状況変化に応じて適切に解釈をしていくのが行政の役割で、職員はそれを柔軟にできるんですね。
文言をそのまま見ると、できないように見えるが、条件をつけて限定的に解釈すると可能ということがほとんどなので、これをうまく進められる力がある人はとても強いです。
最初の仕事をキャリアとして活かす
自治体職員は、自治体を扱う仕事をする企業にとっては、とても強い存在であることがわかると思います。
一方で、自治体と関わらない企業というのは極めて少ないということもお知らせしておきたいと思います。
自治体に関わる企業として思い浮かぶのは、計画づくりや自治体の委託事業を行うところを思い浮かべる人が多いかもしれませんが、委託事業以外にも民間企業はさまざまな部分で自治体に関わります。
これは大きく3つにわけられると思います。
1.委託、補助
計画づくりのコンサルティング会社、公共施設の建設会社など従来からある会社もそうですが、最近は自治体PRのための広告会社、インバウンドのための旅行会社などもありますし、職員が使うネットワーク系のIT会社、産業振興系の金融機関も考えられると思います。
2.登録、許可
福祉関係が多いと思いますが、老人ホームの登録、子育て支援施設の認可のように自治体が決定権を持つ事業を行う会社も多いです。
大学についても行政と連携協定を締結しているところも多いので、必要とされる人材だと思います。
3.関係団体
商工会議所、観光協会、宅建協会、JAなど行政との関係が深い団体です。
規模が小さく、採用人数も少ないですが、採用されると行政職員だったという力が大きく発揮できるところではないでしょうか。
転職をしたいという人は役所が嫌で辞めるという人もいると思います。
そのような人は行政関係以外の仕事に就きたいという思いを持っている人もいると思いますが、最初に入った会社がその後の転職に影響するというのは当たり前のことだと思います。
せっかく役所に入ったのですから、役所の嫌なところから逃げるのではなく、そこでの経験を活かして、うまく役所を扱う側になってはいかがでしょうか。
役所に入った目的は何か
キャリアデザインの話に戻りますが、自治体に入る時、その志望理由はなんだったのでしょうか。
私は市民参画という手段を通して、市民が市民自身が住みたいまちを実現するということが理由でした。
最終的な目的は市民自身が住みたいまちの実現だったんですね。
おそらく、産業振興をしたい人も福祉をしたい人もその先に何か実現したいことがあって、手段として選んだのだと思います。
私で言うと市民自身が住みたいまちの実現であれば、福祉分野でも総務分野でも農業分野でもそれは実現できると思います。
専門性を身に着けたいと言いますが、消費者と直接接する現場で仕事をしない限り、本当の意味での専門性は身につかないと思います。
また、専門性を身に着けても日進月歩の変化の社会では数年経つとその専門性は意味のないものになってしまいます。
それよりも、数年後とに全く違う分野に異動しても周囲にすぐに適応し、情報をキャッチアップできる能力を持つ人の方が人材として重宝されるのではないでしょうか。
また、どのような部署に異動しても自身の目的に照らしてやりがいを見つけることができ、生き生きと活躍できる人の方が、事業内容の変化の激しい民間企業では重要な役割を担うことができるのではないでしょうか。
プレイヤーとして事業を行いたいのであれば、役所ではなく民間をお勧めします。
これまで財政が豊かで、行政がトップダウンでまちづくりを行ってきた状況から、官民連携を基本とした民間によるまちづくりに移行してきています。
行政は法令を執行する機関とされていますが、法令を解釈するのが行政、法令に基づいて事業を実施するのは民間という役割分担になりつつあります。
それぞれできることは違いますし、やりがいも異なるとは思いますが、このような社会の流れは把握しておいて損はないと思います。
プレイヤーは民間、それをサポートするのが行政なので、どちらを担いたいかは好みです。
行政の専門性とは何か
私は自治体職員の専門性というのは、市民の声を聞く力だと思います。
これは、一対一で話を理解できるという力もありますし、複数人によるワークショップを実施し、意見を吸い上げる能力、さらには多くの市民と面識があり、何かあったら直接話を聞ける関係を築いていることというのもあると思います。
一個人では限界があるので、職員同士のつながりを持っておくことも大切です。
日本のほとんどの自治体は人口10万人以下で、職員数も1000人以下です。
そのため、職員同士で顔が見える関係が非常に作りやすい環境です。
部署が定期的に変わるので、自分から知ろうと思わななくてもさまざまな職員と接することができますし、その人たちと関係を築くことでいろいろな情報が入ってくることになると思います。
ビジネスをしていて思うのが、扱う商品というのは魅力の一つであって、商品の中にはそれを扱う人(もしくはブランド)が必ず含まれて判断されているということです。
同じ商品であれば、信頼のおける人から買おうというのが基本であって、行政職員というのはその信頼をつくることが得意な人たちなのではないでしょうか。
だからこそ、私も含めたなのですが、お金の話をするのが嫌いだったり、お金を儲けることに対して抵抗感を覚えたりするため、ビジネスが得意でない人が多いのだと思いますが、信頼を売りにした仕事というのはどの業界にも通用することです。
市民からすると行政の人だからという看板での信頼もありますが、あの職員であれば大丈夫という個人の信用もあると思います。
この個人の信用が築けていれば民間でもそのことを強みに仕事ができるのではないでしょうか。
最後に、私にはまだ信頼関係を築けていないし、これといったスキルもないと思っているあなたへ。
こんなに長い文章を一度に読めること自体がすごいことです。
役所というのは文書主義で、すべて文書で行われます。
そのため、文書を書く能力、読む能力というのは一般の人よりも優れていると言い切れます。
民間企業では行政への申請書のコンサルティングを行っている会社などもあり、そういった部分でも十分あなたの能力というのは通用します。
私は行政の仕事を楽しいと思っていましたし、魅力もあると思っています。
しかし、なぜか自身の能力が向上していない、キャリアデザインが描けないという人が多いので、このようなことを書いてみました。
役所のキャリアデザイン
キャリアデザインという点では、役職が上がっていくというのをあまり望まない人が多いのは事実です。
また、ポストは限られているので、すべての人が管理職になれるわけではありません。
そのような状況ではありますが、まずは昇進を目指してやってみるというのが良いのではないでしょうか。
管理職になると土日の出勤も多くなりますし、残業代も出なくなります。
また、プレイヤーよりも担当者に動いてもらうということが多くなるため、自身でやっている感はなくなるかもしれません。
しかし、その分自身が関わって実現できることは多くなりますし、自身の判断で決められることも多くなります。
変な話ですが、管理職になれないなと思ったら、役所の経験を活かして民間企業で事業を実施する側に回るというルートも良いと思いますし、もっとプレイヤーでやりたいと思ったら民間に行くのもありだと思います。
実際、国家公務員の官僚の人たちはそうする人が多いわけで、官僚はなんとなく学歴があって、能力もあって、仕事が見つかりやすいというイメージがありますが、国の人は自治体を知りません。
自治体を知っていることの強みというのは、自治体職員にしかないことです。
これからはもっと自治体職員の力が求められていくことになると思います。
私自身でいうと、退職する時、実は行政の役割は、民間の役割はと考えて辞めたわけではありませんでした。
仕事をしていく中で、多摩市は優秀な人が多く、いろいろ改善していこうという思いがあるにもかかわらず、民間側で応援する人が少ないなと思ったので、民間側で行政を応援する立場に回ろうと思ったところです。
いざ民間の立場になって多くの自治体と関わってみると、多摩市は良い意味で少し特殊だったことがわかりました(笑
民間から応援するというよりも、むしろ行政が民間にやらせるという文化がまだまだ残っているところが多いんですね。
私のような考えで民間に来ると、ちょっと苦労するかもしれませんが、このような取り組みをする人がいないと社会は変わりません。
行政が一番嫌いなのはリスクですが、リスクを取らないとリターンを得られないと実感したのも民間に来てからでした。
安定した収入で、自身の生活の心配なく、自分のやりたいことができるという点で、行政は非常に良い環境だと思います。
私は民間に来たからには、行政に頼らないまちづくりをしたいと考え、できるだけ税金を使わずに民間の力でやっていきたいと思ってきました。
それは今も継続して行ってきていることですが、まちづくりの中で行政は非常に大きなアクターで、より良いまちにするには行政に頼らなくても連携は必要です。
仕事を選ぶ上での判断の枠組み
これまで述べてきたことをまとめると、仕事の判断の軸として4つの分野に分けて考えられるかと思います。
リスクが高く、事業を実施するのが起業、個人事業。
リスクが比較的低めで事業実施をするのが、ベンチャー企業、中小民間企業、大企業。
リスクが低く、法令解釈をするのが国家公務員、地方公務員、外郭団体という感じでしょうか。
企業はいろいろありますし、外郭団体もいろいろあるので、ここという分野には絞れないとは思いますが、一つの考え方としてご理解いただければと思います。
こう見てみると、法令解釈をするリスクの高い組織はない状況ですが、自分のことも安心できない人が国民全体の立場を考えた制度運用をできないということなのでしょう。
また、リスクが高いところから低いところに移ろうと思うのは簡単な気がしますが、リスクが低いところから高いところに移ろうとするのは、既存の環境を捨てる勇気も必要になりそうですね。