外食がおいしいのは、みんなで食べるからだった

どうでも良いことですが、ここ数年外食が多いです。

昼だけでなく、夜が増えているのが主な原因です。

実は、少し前まで外食というのは、楽しみでした。

自分の好きなものを食べられるという自由さが魅力でした。

それが、最近では当たり前になっていて、むしろ外食に魅力を感じなくなっています。

外食よりもむしろ家で食べたいなと。

理由を考えてみると、一つは外食も毎日食べるようには作られていないのではないかということ。

もう一つは、外食はおいしいというのは、みんなで食べるからではないかということです。

外食もビジネスなので、リピーターを狙います。

月に何回か来てもらえるような人をターゲットとするところが多いのではないでしょうか。

そして、むしろ毎日食べに来る人は想定していないのではないかと思います。

つまり、毎日食べないことを意識して少し刺激の強めのものになっていると思いますし、時々だからおいしいと感じられるものにしているのではないかと思います。

そういったものを毎日食べていると、その刺激に慣れてくるか、刺激が痛くなってくるかのどちらかだと思うのですが、私はどちらかというと痛みを感じ始めているタイプです。

もう一つは、外食は子どもの頃に食べた外食イメージによるものです。

私は子どもの頃はそんなお金はないということで、外食することはほとんどなく、たまに行く外食というのは、誰かの誕生日だったり、お祝い事の時ぐらいでした。

そのため、外食はみんなで食べて、お祝いという良い雰囲気の中で食べるものだったので、実際以上においしく感じていたのだと思います。

そんなイメージを一人で外食をするときも持ち続けておいしく食べていたのですが、最近はこの事実に気づき、少し違うのではないかと考えているところです。

最後に、外食についての意識が変わってきたというのもこの20年での変化ではないかと思います。

これまではおいしいものを食べに行こうというプラスの意味での外食がほとんどだったところに、家で作るのが面倒だから、暇がないからといった若干ネガティブな要素での捨象的な選択といった意味に代わってきているのではないかと思います。

それだけ各家庭の所得水準があがったのか、外食産業の自助努力で外食が身近なものになったのかもしれません。

そんなことを考えながら、私は変わらぬ外食の日々を過ごすことでしょう。