まちづくり

多世代交流を実現するための前提となる考え方

私はこれまで多世代交流は幻想だと考えていました。

しかし、先日大学の先生からこんな話を聞いて、考え方が変わりました。

確かに、大学生は高齢者に関心はないかもしれない。

しかし、高齢者が大学生に関わってくることに対して抵抗がある人は少ない。

高齢者のフィールドに若者が入ると仕事を押し付けられたりして大変かもしれないが、若者の中に高齢者が入るという形であれば多世代交流も実現するのではないかと。

確かにおっしゃるとおりだと思いました。

ボランティア組織などでは、高齢者が多数を占める組織がほとんどです。

それを事業承継というか、今後も続けていかなくてはということで、若い人を入れようとするのですが、それがうまくいく事例は非常に少ないです。

東京都日中友好協会の世代交代の事例

私が実際にうまくできた事例としては、東京都日中友好協会があります。

この組織は1950年にできて、70年以上の歴史がありますが、国交正常化の1970年代の活動から関わっている人たちがメイン層でした。

しかし、その世代が高齢化していく中で、世代交代をしなくてはいけないという意識がありましたが、うまくいっていませんでした。

私はちょうど10年ほど前に協会に関わり始めるのですが、当時は私と同世代の人はほとんどいない状態で、私が入ると多くの期待をされるのですが、結局若いからこれやってみてという仕事の押し付けの状態がありました。

しかし、私の意見を聞いて、それに基づいた取り組みができるように応援してくれる役員の人がいて、若い世代が自由にできる環境を作ろうとしてもらえたことで、すべてが変わりました。

若い世代が自分たちのニーズに基づいて取り組みを行うので、同じ世代が集まるようになったのです。

今もそうですが、中国に対して良い印象を抱いていないのが世の中の9割という状況で、当時の人たちはこういった世の中だから若い人が入らないのは仕方ないという話が出ていました。

しかし、実際は若い世代のニーズをとらえられていなかっただけでした。

9割が中国を嫌いでも、好きな1割に響く取り組みをしていけば確実に増えることが実証されたわけです。

今では、若い会員が100人以上にまでなるようになり、まだ多数はではありませんが、確実に世代交代ができる状態になっていると感じています。

若い世代の増加につなげることができた理由

この成功の秘訣は、理解ある役員がいたということと、若い世代が多数派となって、活動ができる環境を作ったことだと思います。

初期段階では若い世代への不信感から役員が入って、その人に引きづられがちですが、そうはせず、まずやらせてみる。

失敗したら責任を取るというスタンスを取れたことが良かったのだと思います。

このようなスタンスはなかなか勇気がいることだと思いますが、若い世代は経験が少なく、失敗することで成長するものなので、失敗を取り上げてしまっては、成長の機会を奪ってしまうことになります。

確実に失敗するとわかっていても、経験のために目をつぶる。そういった行動ができることが大切なのではないでしょうか。

おそらく、高齢者が多数のフィールドになると、そういった目をつぶることに耐えられない人が多数になってくるので、任せてみようとということができなくなって、若者が去っていくのだと思います。

多世代交流を実現するということ

これまで述べてきたことは、組織の人材の多世代化の話ですが、単発の交流についても同様ではないかと思います。

というのも、若い世代がいる中に高齢者が入っていくという環境を作らないと、年長者を尊重する儒教の道徳の世界で育ってきた日本人には好き勝手な行動が取れないからです。

年配の人は気にしないでと言いますが、それを真に受ける人はいません。

私自身もそう見られるような立場になってきているなと感じており、気をつけないといけないなと思っているところです。

ただ、そのときに気をつけているだけでは不十分で、他の大人で目をつぶれない人がいたら、その人が大きな影響を持たないようにフォローをしたり、若者を守る側の役割を担うということができると良いのではないかと考えているところです。

年齢や立場とともに自分の役割を変化させていくというのは、大変かもしれません。

自分はこういった役割を担いたいという自分の意思とは別の役割が求められることもあるような気がします。

いつまでも子どもではいられないというのと同じように、いつまでも若者でもいられませんし、中年でもいられません。

その都度その立場だからこそ味わえる面白さを見つけて、自身の役割を変えていけると良いなと思います。

多世代交流というのは、暗黙知も含めた知識の共有ができてとてもすばらしいことだと思います。

ただ、そのためには実現するための環境が必要で、さらにその環境を構成する人の中に一定の役割を果たせる存在が必要なのではないかと考えています。

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