守る行政、攻める市民。この構造を変えられないか。

今年度から板橋区行政評価委員会の委員を務めています。

今日、区長に報告書を提出し、今年度の委員会は一段落したところです。

私は公募の委員ということで、区民の立場からの発言が求められるかたちとなり、区民目線とは何かということについて考えさせられました。

また、板橋区の場合は、チェックをするというよりも行政職員の気づきを与えるきっかけづくりをしたいという思いがあるため、指摘ではなくコーチングの視点で話をするというのがチャレンジングでした。

委員会は公開されているので、傍聴者もいます。

一通り実施してみて感じたのが、それぞれの立場での行政評価に対する考え方の違いです。

所管課としていは、評価される側として、構えます。

指摘されたことに対して、正当性を主張できるようにしっかり準備をしています。

そのため、自然と対抗的な感じになります。

一方で、傍聴者は行政を批判的に見ています。

そのため、委員から行政への批判がでることを望みます。

そして、委員に求められているのはそのどちらでもないんですね。

所管課に対しては、対抗してもらうというよりは、気づいてもらえれば良いので完璧を求めてはいません。

むしろ、一緒に考え、解決策を見つけていけるというようなともに歩む姿勢で良いのではないかと思います。

傍聴者が考えるように、必要な指摘はしますが、それを否定的に伝えるのではなく、気づいてもらえるような表現で話をします。

これは、傍聴者側が行政への要求型のスタンスであるのに対して、行政としては協働というか、市民との対等な立場で歩んでいくというスタンスであるという違いだと思います。

傍聴に来る人というのはそれだけ行政に対して関心が高い、もしくはその分野に対して関心が高いわけで、何かしら実現したい、実現してほしいという気持ちがあるのだと思います。

それが強く出るのは仕方のないことだと思いますが、そこの意識の違いというのが傍聴を通して縮まっていくような形になると良いなと思いました。

関心が高い層をどう味方にするかというのは行政が常に考えておく必要があることのような気がします。

実際、非常に批判的だった人が強い協力者になるという事例も目の当たりにしています。

やはり、それにはその人を巻き込み、一緒に何かに取り組むというのが重要ですね。

ついつい否定的に来られると構えてしまい、距離を置きたくなってしまいますが、思いがあるからこその行動です。

その根底にある気持ちが理解できるとお互い協力しあえるのではないかなと思います。