日中友好団体から見た中国は一般人とは違うではという話

毎年中国大使館と日中友好団体による新年会というものが実施されます。

私も末席で参加させていただいているのですが、ここには日中友好七団体のトップが来て、挨拶をします。

1人2分らしいのですが、それ以上の時間になるのがほとんどで、それぞれの見方を感じることができます。

面白いのが、中国脅威論とか、中国の台頭といった言葉が日本では出てきますが、友好団体であっても、そこの部分の表現が異なれど、同じような感じでのメッセージを発しているところです。

これは、各団体のトップが政治家だったり、産業界の第一線で活躍してきた人だったりするので、そういった立場からの意見なのでもあると思います。

印象に残った表現としては、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」だったり、「鉄鋼等の産出量のコントロール」といったものがあります。

これは、中国が世界2位の経済大国になったのだから、そのような立場をわきまえた振る舞いをするようにということだと思います。

かつて、友好団体というのは、日本政府が台湾と国交を結んでいた時代に大陸の中国と国交を結ぶべきだと主張した団体でした。

そして、大陸中国との国交が結ばれた後は一定期間日中間のパイプとしての機能を果たしてきました。

近年では両国間の交流はパイプを通さなくても企業間でも個々人でも往来が可能になっています。

そのため、友好団体の役割というのは小さくなったと言えます。

当時は中国との貿易などをパイプを通さなくてはいけなかったので、その分経済的な優遇も受けていたので、中国との距離は近かったのかもしれません。

しかし、それがなくなった今となっては中国寄りになる理由もなく、日本のためにという意識もあって、こういった発言が出てくるに至っているのだとも思います。

右派とか左派といった区別が薄まってきたように、ある意味普通の団体になっているのかもしれません。

団体の存続という部分だけを見れば、もっと特徴を出していかないと存在意義がなくなるのではと思うのですが、交流できる体制を確立するという点ではすでにその役割は終了しているのではないかと思います。

そうなると、次の役割、次の中国との関係性、ポジションが必要となってくるわけですが、おそらく少し先を見たポジショニングをしていくことが大切なのではないかと思います。

ただ、現状としては、友好団体だから中国礼賛というわけではなく、一般化しているということですね。

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