2歳頃になると、ちょうど話もわかるようになってきて、まだ語彙は少なく、発音はつたないものの、会話が成り立ちます。
自己主張もしっかりしてきて、今の気持ちに正直にふるまいます。
そして、これまでは素直に話を聞いていたのに、急に言うことを聞かなくなったりします。
それが、世にいうイヤイヤ期なのだと思います。
おむつを履くように言っても履くまで時間がかかり、何度も催促してようやく履くということが多々あります。
そんな状態を体験してもいるのですが、いやだというままにしておくと、なんとかなるということも多いです。
特にこれまでは保育園に行かなくてはいけないなど、外的な影響で強制的に過ごさなくてはいけなかったのが、そうではなく、自宅であまり縛られずに過ごせる環境なので、対処しやすいというのもあるかもしれません。
そんな中で気づいたなぜ、イヤイヤをするのかという理由ですが、それは大人と同じ様にふるまいたいからではないかということです。
というのも、何かを否定するというのは、子どもの要求に対して親がしてきたことで、親の要求に対して子どもが反発するのは、このイヤイヤ期になってからです。
おそらく、大人のふるまいを見て、大人は否定をするものだということに気づいたので、同じようにやっているのではないでしょうか。
おそらく大人を怒らせようとか、否定したいという気持ちよりも、大人と同じ様に自分もふるまって、大人として認められたいという気持ちが強いような気がします。
そんなことを思ったのが、一つのことがあったからです。
たまたま私が大人用のシャンプーを買って帰り、それを子どもに子ども用だということであげたのですが、それをとても喜んだんですね。
大人が使っているのと同じようなパッケージで、それが自分のものになったと。
おそらく、自分のものになったということ自体にもうれしさは感じていると思うのですが、大人と同じ様なものだということにもうれしさを感じていたのではないかと考えています。
最近は、こちらが言う言葉をそのまま反復したり、真似をすることが多くなっています。
保育園に行けないので、周りの友だちから学べないということもあるのかもしれませんが、身近にいる他人から学ぼうという思いが出ているのではないかと考えています。
親の話していることは保育園ではすべてわかっているという話を聞いたことがありますが、子どもはこちらの言っていることをほとんど理解していて、かつ、それを使おうという思いが強くなっている時期なのだと思います。
そういう意味では、この時を使って難しい言葉を教えたりというのも面白いかもしれません。
イヤイヤというのも「違う、違う」といわれるのではなく、「否、否」と言われたり、「〇〇じゃない」という代わりに、「〇〇ではござらん」と言われれば笑って見守れるかもしれません。
ただ、そうするにはまず親がその言葉を使わなくては行けなさそうですが。