公務員人気低迷という、全国共通の課題
ここ数年日本の公務員人気が低迷しています。
求人のための有料の広告を使うということも当たり前になってきました。
自治体によっては、志願者が集まらないという事態にもなっているようです。
この原因はいくつか考えられると思いますが、一般的に言われるのが民間企業の求人条件が良いため、民間に人が流れているという点です。
景気の状況によって、これまでもあったことですが、最近は少子化によって絶対数が減っているということもあると思います。
一方で、自治体ごとに倍率に差が出ているのも確かです。
人気のある自治体にはたくさんの志願者が集まり、人気のない自治体は志願者が減る。
当たり前のことですが、この人気の差はどこに出るのでしょうか。
自治体選びの基準は、人によって大きく異なる
私の場合は、課題がたくさんあって、やりがいがありそうなところを選びました。
ただ、すべての受験者が同じ価値観を持っているわけではありません。
立地や生活のしやすさといった仕事以外の時間を重視する人もいると思います。
わかりやすくPRしている、その自治体のイメージを重視する人もいると思います。
見落とされがちな要素 ― 市民と自治体との距離感
ここまで見てきたように、自治体の人気の差は、
・立地
・生活のしやすさ
・イメージ戦略
だけで決まるものではありません。
もう一つ見落とされがちな要素があります。
それは、市民と自治体との距離感です。
顔が見える関係だからこそ起きる、職員の悩み
小さい自治体は、顔と顔が見える関係なので、自治体内のお店に行くと顔を合わせるということも多いと思います。
そのため、懇親会はあえて少し離れた他の自治体へといったこともあります。
もちろん、地域の経済を回すために地域のお店に行こうという意識もあります。
ただ、そんな知り合いの市民に合った時の市民と職員の関係というのも一つポイントかと思ったところです。
職員にとっては、業務時間外にプライベートで来ているにも関わらず、クレームを言われたり、要望を言われたりすると、どうでしょうか。
市民側としては、いつも思っていたことを、たまたま居合わせたので伝えた程度の気持ちかもしれません。
もちろん、それが一言二言で終われば良いですが、長々と繰り返されてしまうときついなというのが本心ではないでしょうか。
しかも、自分の所管外のこととなると、動きも取りにくく、言われっぱなしになってしまうことも多いと思います。
職員を「応援する存在」として捉えられるか
職員も地域を良くしたいという想いで動いているのは確かなので、応援する、気持ちよく過ごせるように努めるというのも市民側の責務なのではないかと思っています。
お客様は神様という時代から、最近はカスタマーハラスメントということが言われる時代になってきました。
職務中であればまだしも、自治体職員の場合は職務時間外も出てくる可能性があるというのは確かです。
役職に就いて、いろいろな地域に顔を出せば出すほどそうなってくるかと思います。
役職に就かなくても、最近は地域に目を向ける職員は多いので、そういった志の高い人たちを大切にするというのはポイントかと思ったところです。
小規模自治体だからこそ得られるやりがいと成長
地方の自治体ほど人口規模が小さいので、こういったことには多く出会うと思います。
ただ、だからこそのやりがいがあるというのも事実です。
一人ひとりの役割が大きさでいうと、人口規模に反比例するのではないかと思います。
人口規模が大きいと、職員1人あたりの業務内容が分野に特化したものになります。
それはそれでやりがいは感じられるとは思いますが、顔と顔を合わせた目の見える成果というのは見えにくくなるのではないでしょうか。
AI時代に、自治体職員に求められる役割とは
AIが普及してくると、不特定多数に対する取り組みというのは代替されていき、人の感情を扱う取り組みを人が担ってくるという役割分担が起きてくるのではないかと思っています。
今後、身につけるべきスキルとしては、小規模自治体での経験の方が役に立つのかもしれません。
選ばれる自治体をつくるのは、制度ではなく関係性
公務員人気の低迷は、給与や待遇だけの問題ではありません。
働く人が「このまちで働き続けたい」と思えるかどうか。
その感覚は、市民との日常的な関係性によって大きく左右されます。
職員を単なる「要望の窓口」としてではなく、同じまちを良くしようとする仲間として扱うこと。
応援し、感謝し、気持ちよく関われる空気をつくること。
そうした積み重ねが、結果として「選ばれる自治体」をつくり、志のある人材を呼び込み、定着させていくのではないでしょうか。
選ばれる自治体とは、制度や条件だけでなく、人と人との関係性が丁寧に育てられている自治体なのだと思います。
その土台を支えているのは、市民一人ひとりの関わり方なのではないでしょうか。